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自宅近くにある調整池にいる野鳥の観察記録を写真付きでアップしています。
Posted by - 2017.10.17,Tue
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Posted by かば - 2013.02.10,Sun
子育てや狩り、外敵などからの防衛のために集団生活を行っていた原始時代の人々にとって、世界は危険で満ちあふれていてとても不安なところだったろうと思います。

そのような中、危険を取り除いてくれるものとして「政治(指導者)」が生まれ、不安を解消してくれるものとして「宗教」が生まれたのだろうと思います。

ですが、この政治(指導者)と宗教によって危険と不安を克服して集団が大きくなって分業が進んでくると、今度は集団内の利害の対立という新たな問題が出てくるようになったはずです。

このとき、この内部対立の解決を政治(指導者)と宗教のどちらがどのような方法で担ったかによって、その後の集団(社会)が政教一致の統治体制となったか、政教分離の統治体制となったかが分かれることになったのではに考えます。

まず、集団内の利害の対立を解決するためには、対立している内部集団よりも一段高い地位・権威による裁定が必要と思います。この地位・権威がなければ、裁定をそれぞれに納得して受け入れさせることも、それを守らせることも難しいと思います。

そして、この地位・権威を何によって確保するかですが、可能性として、

 1. 年功(経験)
 2. 暴力(腕力だけでなく、人数の場合もあり)
 3. 血統(過去の指導者の権威)
 4. 宗教(神の権威)

が考えられると思います。特に、対立の原因となっている問題によっては年功では解決しないことがあると思いますし、暴力では新たな対立を招くことになると思いますから、3.4.が有力と思います。

といっても、3.を選ぶには、英才教育や素質などという形で血統に信頼が担保されていなければなりませんし、4.の場合も、神という見ることも触ることもできない存在を受け入れられる背景がなければなりません。ただ、どちらの場合も、他者が簡単に取って代わることができないものなので、選択されやすいと思います。

この 3.を選ぶのが政教分離の統治体制の原型で、4.を選ぶのが政教一致の原型と考えます。

というのも、このあと集団がさらに大きくなれば、利害の対立の解決こそが集団としての行動を決定して危険を取り除くことを目指す「政治」そのものになって、解決に当たる裁定者たちこそが「政治指導者」になると考えるからです。

実際の歴史では、地位・権威をより高めたり、裁定を受け入れさせ、守らせるために宗教の力も借りることが多くて政教「分離」と言えるか疑問もあるでしょうけど、基本的に血統によって集団内で一段高い地位・権威を確保していることから政教分離で、元々宗教によって集団内で一段高い地位・権威を確保しているために政治と宗教を分離できないことから政教一致というわけです。

血統と宗教のどちらが選ばれるかには年功や暴力(軍事力)も関係してくると思いますが、この点については別の機会に考えたいと思います。

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オリジナルSF小説“未来史シリーズ”を考えている無職です。軽度な短腸症候群の患者でもあって、「短腸症候群同盟」というネット上の患者会を管理しています。
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